« 2018年07月 | メイン | 2018年10月 »

2018年09月 アーカイブ

2018年09月05日

(ビデオ)「のどか森のリトル・ジョイ」

2018年9月5日(水)アニメ・ビデオ「のどか森のリトル・ジョイ」
聖書:創世記 1章11節〜21節 フィリピの信徒への手紙4章4〜7節
お話:ビデオ:「のどか森のリトル・ジョイ」(発売元:ライフ・エンターテイメント)

 後期最初のチャペルアワーは、アニメ―ション作品の鑑賞を行いました.

 〜のどか森に暮らす動物たちはお祭りの準備に大忙し、草木染の名人はたくさんの衣装の染めと年々派手になる要望に応えようと悩んだ末、科学者に作ってもらった染料を使うのですが、そこから森の自然が壊れていきます。
のどか森の動物たちは、一人ひとりが自分たちの過ちを反省し、神様にお祈りをしました。神様は動物たちの想いや願いを叶え、のどか森を緑豊かな森へと戻してくださったのです。〜

【学生の感想】
 ・物事の本質を常に頭に入れることは難しいが、注意したり意識したりすることで防げると思う。また、周りの声に耳を傾け修正することも大切だと思う。
 ・川が汚れた原因を、染物をした人は自分が悪いと思いその薬を渡した人は自分が悪いと思い、お互いが自らの失敗をみとめている。そうして悪い所を認め合ってこそその後に繋がると思う。
 ・期待をされすぎて自分がつぶれてしまう。でも、自分1人で解決せず、周りの人に相談するべきだと思う。どんなことでもわからなければ聞くことができる環境作りをすることは大切だと思う。

 かわいい動物たちが登場するアニメーション作品でしたが、伝えたい内容はとても深く、自分たちだけのことを考えるのではなく他人を思いやる気持ちの大切さがとてもわかりやすく伝わってくる作品でした。(総務部 本松寛子)


2018年09月19日

(紙芝居)「やすこちゃんがわらった〜キュックリッヒ先生の愛に育まれて〜」

2018年9月19日(水)チャペル・アワー(紙芝居)「やすこちゃんがわらった〜キュックリッヒ先生の愛に育まれて〜」
聖書:ローマの信徒への手紙12章15節
お話(読み聞かせ)河北 彬充先生

*(紙芝居)「やすこちゃんがわらった〜キュックリッヒ先生の愛に育まれて〜」文:幸若晴子 絵:狩野富貴子/財団法人 キリスト教視聴覚センター 1996年

 本日のチャペル・アワーでは紙芝居の読み聞かせが行なわれました。お話に登場するゲルトルード・エリザベート・キュックリヒ先生(1897〜1976/ドイツ出身)は牧師の家庭に生まれ、24歳の時に宣教師として来日。幼児教育・保育者養成・福祉事業に力を注がれました。第二次世界大戦直後、今の埼玉県加須市に、戦災孤児のための施設、愛泉寮を設立します。お話は愛泉寮での出来事がもとになっている物語です。子どもの想いに寄り添うキュックリッヒ先生の姿から、学生一人ひとりに保育士として大切な気づきが与えられました。

 【学生の感想より】
 ・子どもの行動に、その場だけの判断ではなく、その行動を起こす今までの経緯を知ることで、その行動の意味がわかる。ただ怒るのでは、子どもも悪いことをしたつもりではないので、パニックになると思う。自分を理解してくれる人がいることで、子どもも変わってくると思った。
 ・世の中には、トラウマや過去の出来事で悩みや悲しみを抱えている子どもたちもいる。決して責めずにただ隣にいることが大切である。
 ・子どもと接する保育者になるにあたって、キュックリッヒ先生の寄り添い方、“ダメ”と決めつけず、一人の子どもの背景や状況を考えた上での関わり方を学びました。キュックリッヒ先生のような保育者になりたいです。
 ・人に手を出すから悪い子だというのではなく、子どもがどうして手を上げたのか、その理由をよく考え、抱えている気持ちに少しでも寄り添えるような行動、言葉掛けが必要だと学びました。


 一般的には非常識と思われるやすこちゃんの行動を目の当りにした時、私は果たしてキュックリッヒ先生のように接することができたかどうかを考えると・・・全く自信がありません。恥ずかしい話ですが、キュックリッヒ先生とは真逆できっと注意していたはずです。人は自分の価値観で物事を決めつけて判断しがちですが、それでは物事の本質にはたどり着けないし、解決にもならないのだと思い知らされました。
 本日の紙芝居「やすこちゃんがわらった」の話を通して、どんな人に対しても分け隔てなく温かく見守り寄り添う事が大切なのだと改めて気づかされました。これから保育・福祉従事者となられる学生さんたちには、キュックリッヒ先生のように子どもたちにとって安心できる存在になってほしいと思いました。(総務部 山口 美穂子)

2018年09月26日

「匂いを嗅いで 食べた気になる」花岡 貴史先生

2018年9月26日(水)「匂いを嗅いで 食べた気になる」
聖書:エフェソの信徒への手紙6章9節
お話:本学院 保育科専任講師 花岡 貴史先生

 【学生の感想より】
 ・人権について、大事なことだと分かっていても、ベースに神の存在がないと理解がしにくいという話を聞いて驚きました。上下関係もある日本の社会において、平等は難しいかもしれませんが、福祉を学ぶ身としては、人権だけを知るのではなくキリスト教の部分も知って本当の人権を理解していきたいと思いました。
 ・この学院に入るまでキリスト教、教えなどしっかり知っていませんでした。宗教というくくりでしか見ていませんでしたが、平等(神のもとに平等)という教えは大切な考えだと改めて思いました。今までよいと思っていたことも考えたいと思います。
 ・人権や福祉の問題の本質を知るのであれば様々な国の考え方を知る必要があると考えた。
 ・子どもたちの人権を守る“先生”(大人)になるということをしっかりと心にとめて、日々の学びを大切にしようと思いました。

 本日の聖書箇所に「彼らにも、あなたがたにも同じ主人が天におられ、人を分け隔てなさらないのです。」とあります。この聖句を読むと同時に「私の目には、あなたは高価で尊い。(イザヤ43章4節)」という御言葉も重なり、私自身は神様が様々な形や言葉で一人ひとりが大切な存在であることを語りかけて下さっている事を改めて感じました。
 一人ひとりが神様から生命を与えられ、存在していることやその尊さを知り、理解していくことが、将来向い合う保育・福祉・幼児教育の関わりの場で、人権を守る働きをする者としての大切な土台になることを覚えて歩んでいくことができますように…。(専任教員 池田奈緒実)


About 2018年09月

2018年09月にブログ「京都ほせん・チャペルアワー」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2018年07月です。

次のアーカイブは2018年10月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。