« 「発見される喜び」 木原 桂二先生 | メイン | 「(絵本)きみへのとくべつなおくりもの」 »

「子どもたちと共に過ごすこととは」赤井 静代先生

2018年5月30日(水)「子どもたちと共に過ごすこととは」
聖書:マタイによる福音書7章12節a
お話:本学院保育科 卒業生/葉室幼稚園 教諭 赤井 静代 先生

 赤井先生は、子どもはもちろん、保護者の前でも、緊張緩和のために手あそびを活用されるそうです。
 本日は「りんごコロコロ(グーチョキパーでなにつくろう?の替え歌)からスタートされました。
♪ りんごコロコロ りんごコロコロ
  みかんカンカン みかんカンカン
  ピーマンぴっぴ ピーマンぴっぴ
  かぼちゃボチャボチャ かぼちゃボチャボチャ ♪

 そして、現在担当されている3歳児の子どもたちについてユーモアを交えてお話し下さいました。
 1回生の感想には「わかったように日本語を話しているようでも、『家に帰りたい』は時によって『ごはん食べたくない』」だったりするように、子どもは想っていることを明確に言語化して口に出しにくい状況にあることに気づかされた記載があったり、2回生の感想には「自分の気持ちをそのまま相手に伝えることはおとなでも難しい。子どもも同じで、その表現の仕方は様々。自分の想いを伝えるために手を出したりする子もいるだろう。その子どもの気持ちを分かってあげるには、じっくり話しを聞いたり、何度も繰り返し伝えることが大切。目と目を合せて向き合うことで、安心感にもつながる。」と、自身の保育実践へ活かす想いを綴るものもありました。

 先生は一貫して「子どもが自身の想いを相手に伝えたり、相手の話しを聞くことが出来るよう、おとな側がじっくり向き合う姿勢を保つことが大切」であることを語られていました。
 「保育は人なり」ですものね。
 学生のなかには「自分の気持ちを素直に表すことは難しい…ということは、私たちにも言えることだと思った。」と自信のなさを吐露するものもありましたが、先生の想い溢れる悪戦苦闘の日々を伺うことで、在校生たちの多くは「対象と向き合う姿勢」について、自身のなかでゆとりも持ちながら対応することが必須…前に進もうとする想いを持つことこそが全ての原動力となることに気づかされた時間となりました。(専任教員 野之暢)

About

2018年05月30日 11:31に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「「発見される喜び」 木原 桂二先生」です。

次の投稿は「「(絵本)きみへのとくべつなおくりもの」」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。