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「その一匹を見失ったとすれば」後藤 正敏先生

2017年11月15日(水)「その一匹を見失ったとすれば」
聖書:ルカによる福音書 15章1〜7節
お話:日本キリスト教団 京都上賀茂教会 牧師 後藤 正敏先生

【学生の感想より】
・自分を見失った時、立ち止まって自分らしさをしっかり確かめる。また他人(子ども・対象者)に対しても心から安心できるよう工夫や配慮をする。これが当たり前にできるようになりたい。
・(相手の立場に立って、その人が最も望んでいるように聞く、寄り添う…それが愛なんだという先生のお話から、)誰かのためにできること、するべきこと、それを当たり前のように思い、行動できる、それが愛であり、本当のやさしさだと思った。
・保育園や幼稚園では子どもが同じ動きをする様に指導しなければいけないと思っていましたが、そうではなく、子どもの立場に立ち、どうするのがその子どもにとってベストなのかという事を一番に考え、接するべきだということ、その人がいつも心地よく過ごせるように環境を整えることの大切さを学びました。
・あるがままを受け入れ、愛で働き、動くことのできる人間になりたいと思った。
・子ども一人ひとりの立場に立って、気持ちを考える・・・今日のお話は自分自身に太陽のあたたかい光が射すようなお話でした。先生の考えを私もとりいれたいです!とりいれます!
・くまの詩が印象的だった。自分が自分で良かったなあと安心するという…いい詩。

 聖書の「見失った羊のたとえ」、まど・みちおさんの「ぼくがここに」「くまさん」という詩を通して、一人ひとり、ひとつひとつの存在を神様が愛して下さっていること、あるがままにそこにある(いる)ことの重み、ありのままが受け入れられることの安心、その大切さについて深く想う時が与えられたように思います。
 また、後藤先生がゆっくり読み上げてくださったまど・みちおさんの詩に、ほっと一息をついて心穏やかになった学生の様子もありました。
 お話から動いた学生一人ひとりの心が守られ、保育・福祉・幼児教育に携わる者としてその心と大切に繋いでいくことができるように祈りたいと思います。(専任教員:池田奈緒実)

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2017年11月15日 08:49に投稿されたエントリーのページです。

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