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「心の貧しい人」寺田 悳英 先生

2017年11月8日(水)「心の貧しい人」
聖書:マタイによる福音書 5章1〜3節
お話:日本キリスト教団 桂教会 牧師 寺田 悳英 先生

【学生の感想より】
・人がどう思おうかではなく、神が守ってくれているから大丈夫、苦しみがあるからこそゴールがあるということにすごく共感しました。一つ一つの積み重ねが本当に大事なんだなと感じました。
・試練があるからこそ成長できると思いました。聖書の言葉に出会うことで人生がかわることもあるんだと思いました。
・困難なことや試練があった時にそこであきらめて耐え凌ぐということではなく、その後のことがあるからこそ頑張る、今ではなく先のことを見て行動していかないといけないと思った。
・私も私の家族、私の周りにも試練や辛いことを持っていると日々感じます。先生が今日おっしゃられたようにいつか実を結ぶと信じて歩んでいきたいです。
・人の気持ちを考えすぎて、自分の意見が言えないのは私もそうだなと思いました。でも、最近はほんの少しだけどう思われても良いかと思えるようになり、言える時もできました。頼ること頼れることが自分の重荷をやわらげる大切なことだとわかりました。


今日のお話しでは次の言葉が出てきました。
徳川家康の言葉
“重荷を背負いて長き道を行くが如し”
イエスの言葉
“心の貧しい人は幸いである”(マタイによる福音書5章3節a)
“疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。私は柔和で謙遜な者だから、私の軛(くびき)を負い、私に学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。私の軛は追いやすく、私の荷は軽いからである。(マタイによる福音書11章28〜30節)”これは“くびきの一つは私(イエス)が負う”ということ。
人生は嬉しいことや楽しいことばかりではなく、重荷を背負って歩んでいくが、イエスのように自身の重荷を背負ってくれる存在に気付き、神は決して人を見捨てないということを知ることで、先の人生を進んで行く勇気の大切さを教えていただいたように思います。
心が強く、助けを求めない人が世の中にはおられるかもしれませんが、支えてくれる人への感謝と自らの成長が実を結ぶというお話しの内容は、多くの人の心に沁み込むものではないでしょうか。そんな気がしてなりません。(総務部:村松 伸哉)

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2017年11月08日 09:57に投稿されたエントリーのページです。

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