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2017年09月 アーカイブ

2017年09月13日

「かべ」 岡本 匡弘先生

2017年9月13日(水)「かべ」
聖書:エフェソの信徒への手紙4章26節
お話し:本学院学院長 岡本 匡弘先生

 お城の壁などの物理的な「かべ」、スポーツ選手の記録の「かべ」など色々な「かべ」についてのお話しもありましたが、主に自分自身の目標としての「かべ」、そして人との間に存在する心の「かべ」についてお話しがありました。
 まず対人援助の仕事を志す学生さんにとって人との間の「かべ」は支援する方や、一緒に働く職員さんとの関わりで重要になってきます。
そして自分自身の「かべ」。これから卒業までの間に自分自身の「かべ」を乗り越え、また更に高い「かべ」に挑戦する心。自分だけではなく仲間と共に「かべ」を乗り越えるために意見を出し合い協力する力。
 自分自身の「かべ」に向き合うことは辛い気持ちになることもきっとあると思います。しかしそれを少しずつ乗り越え、新たな自分に出会いうことで、素敵な対人援助者として成長してほしいと思いました。

【学生の感想より】
・この学校に入学した時は第一印象で人の性格や特徴、人格を決めつけ壁をつくり、合う、合わないを判断していたところがあり、今になって少しずつ自分が思ってた印象が間違っていたとかんがえさせられるところがある。自分にマイナスになる「かべ」をつくるのではなくプラスに働く「かべ」をつくることが大切だということを感じた。
・これから大人へ近づいていく中で、まだまだ未熟で甘えてしまうところがたくさんあるので、しっかりと自分自身をコントロールできるようにしたいと思いました。壁に当たっても諦めない強さを身に付けたいと思います。
・相手の負担にならない「依存」。「利用者に支援者は依存している」という話はなるほどなあと思った。支える、支えられるの関係だけではないということから、人と人との関わりだということを感じた。
・学院長のお話でもあったように、ありのままの自分を表現することがベストではあるが、まずは相手の気持ちや考えに共感することを心掛けたいと思う。

(総務部 本松寛子)


2017年09月20日

(CD)「葉っぱのフレディ〜いのちの旅〜」

2017年9月20日(水)(CD)「葉っぱのフレディ〜いのちの旅〜」
朗読:森繁久彌 音楽:東儀秀樹 編曲:井上 鑑 東芝EMI株式会社(1999年)
聖書:コヘレトの言葉 3章10〜11節・コリントの信徒への手紙12章4〜7節

今日はレオ・バスカーリア作 みらい なな訳 童話屋館 による絵本「葉っぱのフレディ〜いのちの旅〜」が朗読と音楽で表現された上記作品を通して学びました。
 フレディという葉っぱが春に誕生し、冬の訪れと共に命の終わりを迎えるまで、その一生が四季を通して描かれています。

〈学生の感想より〉
・葉っぱのフレディが存分に生きた姿に自分たちも生きがいを見つけて意義のある人生を送りたいと思いました。
・一つとして同じ葉っぱはないのは人も同じ。育っていく環境で個性が出てくる事を見守れる保育者になりたいと思いました。

「葉っぱのフレディ」は大人が自分の生き方を考えさせられるお話。
学生の年齢で死を考える事は、これまで少なかった事かもしれません。
死と向き合う事で当たり前に過ごしてきた毎日をかけがえのないものだったと気づき、自分は何がしたいのか、どのようになりたいかを考え、精一杯生きたいと思えるようになれた事はとても有意義であったと思います。(総務部:生田淑子)


2017年09月27日

(DVD)「米子さんのVサイン」

2017年9月27日(水)
DVD「米子」ライフ・エンターテイメント(いのちのことば社/ライフ企画)2007年より
「米子さんのVサイン」(講演&ドキュメンタリー)
聖書:コリントの信徒への手紙供5章17〜18節

【学生の感想より】
・あたえられた命の大きさを感じ、人生って人間それぞれ違うと感じた。障がいってあらためて何だろうと思った。
・神様に与えられた命なのだから、精一杯生きようと米子さんに教えてもらった。とても感動した。
・指が3本あって、出来る事をしていくところが、米子さんの強い所だと思いました。
・何もできないのではなく、何でもできる。それがわかり、「私は今のままでいい。急がず今日をがんばろう!!」と思えた。自分で限界を決めず、前向きに積極的に身を投じようと思う。

 母親の死がきっかけで何のために生きているのかわからなくなり、17歳のときに電車に飛び込んだ米子さん。奇跡的に命をとりとめましたが、両足と左手を失い、残った右手の指は三本に。そんな中、病院に見舞いに来てくれた青年との出会いがきっかけで「私の指、三本もあるんだわ!」という人生に変わりました。

 「目が見える、見えない。足がある、ない。そんなのは障がいじゃありません。ここからそこへ行くのに、義足で行ったって、車いすで行ったっていい。動ければいいっていうことでしょう」「じゃあ何が人生において障がいなんだろうというときに、目の前にいる人を許さないとか、いつも後悔ばかりで後ろ向きで、すぐ近くにいる人の愛が感じられない。そんな心を持っていることが障がいなのです」
・・・米子さんが講演の締めくくりにこのように仰った言葉が印象的でした。
(総務部:大平裕実)

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