京都ほせん チャペルアワー

2018年09月26日

「匂いを嗅いで 食べた気になる」花岡 貴史先生

2018年9月26日(水)「匂いを嗅いで 食べた気になる」
聖書:エフェソの信徒への手紙6章9節
お話:本学院 保育科専任講師 花岡 貴史先生

 【学生の感想より】
 ・人権について、大事なことだと分かっていても、ベースに神の存在がないと理解がしにくいという話を聞いて驚きました。上下関係もある日本の社会において、平等は難しいかもしれませんが、福祉を学ぶ身としては、人権だけを知るのではなくキリスト教の部分も知って本当の人権を理解していきたいと思いました。
 ・この学院に入るまでキリスト教、教えなどしっかり知っていませんでした。宗教というくくりでしか見ていませんでしたが、平等(神のもとに平等)という教えは大切な考えだと改めて思いました。今までよいと思っていたことも考えたいと思います。
 ・人権や福祉の問題の本質を知るのであれば様々な国の考え方を知る必要があると考えた。
 ・子どもたちの人権を守る“先生”(大人)になるということをしっかりと心にとめて、日々の学びを大切にしようと思いました。

 本日の聖書箇所に「彼らにも、あなたがたにも同じ主人が天におられ、人を分け隔てなさらないのです。」とあります。この聖句を読むと同時に「私の目には、あなたは高価で尊い。(イザヤ43章4節)」という御言葉も重なり、私自身は神様が様々な形や言葉で一人ひとりが大切な存在であることを語りかけて下さっている事を改めて感じました。
 一人ひとりが神様から生命を与えられ、存在していることやその尊さを知り、理解していくことが、将来向い合う保育・福祉・幼児教育の関わりの場で、人権を守る働きをする者としての大切な土台になることを覚えて歩んでいくことができますように…。(専任教員 池田奈緒実)


2018年09月19日

(紙芝居)「やすこちゃんがわらった〜キュックリッヒ先生の愛に育まれて〜」

2018年9月19日(水)チャペル・アワー(紙芝居)「やすこちゃんがわらった〜キュックリッヒ先生の愛に育まれて〜」
聖書:ローマの信徒への手紙12章15節
お話(読み聞かせ)河北 彬充先生

*(紙芝居)「やすこちゃんがわらった〜キュックリッヒ先生の愛に育まれて〜」文:幸若晴子 絵:狩野富貴子/財団法人 キリスト教視聴覚センター 1996年

 本日のチャペル・アワーでは紙芝居の読み聞かせが行なわれました。お話に登場するゲルトルード・エリザベート・キュックリヒ先生(1897〜1976/ドイツ出身)は牧師の家庭に生まれ、24歳の時に宣教師として来日。幼児教育・保育者養成・福祉事業に力を注がれました。第二次世界大戦直後、今の埼玉県加須市に、戦災孤児のための施設、愛泉寮を設立します。お話は愛泉寮での出来事がもとになっている物語です。子どもの想いに寄り添うキュックリッヒ先生の姿から、学生一人ひとりに保育士として大切な気づきが与えられました。

 【学生の感想より】
 ・子どもの行動に、その場だけの判断ではなく、その行動を起こす今までの経緯を知ることで、その行動の意味がわかる。ただ怒るのでは、子どもも悪いことをしたつもりではないので、パニックになると思う。自分を理解してくれる人がいることで、子どもも変わってくると思った。
 ・世の中には、トラウマや過去の出来事で悩みや悲しみを抱えている子どもたちもいる。決して責めずにただ隣にいることが大切である。
 ・子どもと接する保育者になるにあたって、キュックリッヒ先生の寄り添い方、“ダメ”と決めつけず、一人の子どもの背景や状況を考えた上での関わり方を学びました。キュックリッヒ先生のような保育者になりたいです。
 ・人に手を出すから悪い子だというのではなく、子どもがどうして手を上げたのか、その理由をよく考え、抱えている気持ちに少しでも寄り添えるような行動、言葉掛けが必要だと学びました。


 一般的には非常識と思われるやすこちゃんの行動を目の当りにした時、私は果たしてキュックリッヒ先生のように接することができたかどうかを考えると・・・全く自信がありません。恥ずかしい話ですが、キュックリッヒ先生とは真逆できっと注意していたはずです。人は自分の価値観で物事を決めつけて判断しがちですが、それでは物事の本質にはたどり着けないし、解決にもならないのだと思い知らされました。
 本日の紙芝居「やすこちゃんがわらった」の話を通して、どんな人に対しても分け隔てなく温かく見守り寄り添う事が大切なのだと改めて気づかされました。これから保育・福祉従事者となられる学生さんたちには、キュックリッヒ先生のように子どもたちにとって安心できる存在になってほしいと思いました。(総務部 山口 美穂子)

2018年09月05日

(ビデオ)「のどか森のリトル・ジョイ」

2018年9月5日(水)アニメ・ビデオ「のどか森のリトル・ジョイ」
聖書:創世記 1章11節〜21節 フィリピの信徒への手紙4章4〜7節
お話:ビデオ:「のどか森のリトル・ジョイ」(発売元:ライフ・エンターテイメント)

 後期最初のチャペルアワーは、アニメ―ション作品の鑑賞を行いました.

 〜のどか森に暮らす動物たちはお祭りの準備に大忙し、草木染の名人はたくさんの衣装の染めと年々派手になる要望に応えようと悩んだ末、科学者に作ってもらった染料を使うのですが、そこから森の自然が壊れていきます。
のどか森の動物たちは、一人ひとりが自分たちの過ちを反省し、神様にお祈りをしました。神様は動物たちの想いや願いを叶え、のどか森を緑豊かな森へと戻してくださったのです。〜

【学生の感想】
 ・物事の本質を常に頭に入れることは難しいが、注意したり意識したりすることで防げると思う。また、周りの声に耳を傾け修正することも大切だと思う。
 ・川が汚れた原因を、染物をした人は自分が悪いと思いその薬を渡した人は自分が悪いと思い、お互いが自らの失敗をみとめている。そうして悪い所を認め合ってこそその後に繋がると思う。
 ・期待をされすぎて自分がつぶれてしまう。でも、自分1人で解決せず、周りの人に相談するべきだと思う。どんなことでもわからなければ聞くことができる環境作りをすることは大切だと思う。

 かわいい動物たちが登場するアニメーション作品でしたが、伝えたい内容はとても深く、自分たちだけのことを考えるのではなく他人を思いやる気持ちの大切さがとてもわかりやすく伝わってくる作品でした。(総務部 本松寛子)


2018年07月25日

「病児の付添入院〜お母さんが笑えるようになるまで〜」高谷 恵美先生

2018年7月25日(水)「病児の付添入院〜お母さんが笑えるようになるまで〜」
聖書:コリントの信徒への手紙二 1章4節
お話:にこにこトマト 代表 高谷 恵美 先生

【学生の感想より】
・プレイルームに出ることができない子どもに工作キットを用意して作ってもらったり、夏祭りやハロウィンがあって、入院が子ども達にとって負担で苦しいことだけじゃなくて、楽しく過ごすことができると知り、にこにこトマトさんの活動に感動しました。
・病気だから・・・ではなく、病気でも楽しめる、病院にいても苦しいことばかりではない、また親へのケアもあり、子どもには強がっていても、実際はそんなに強くない訳だから、その分のケアまでしているボランティアで心のケアの大切さを感じた。
・にこにこトマトさんは病気の子どもと寄り添う保護者の心にもあたたかく寄り添っていると思った。
・実際に体験された先生から、同じ状況におられるお母さんがまた笑えるようになるというお話をお聞きし、人として関わりを持つ大切さを改めて気づかされました。
・付添入院ではお母さん向けの楽しみがあり、「お母さんを元気にしたい」という気持ちがとても伝わってきました。お母さんが元気になる事で子どもも元気になるという言葉がとても心に残りました。
・保育の形は様々であり、私たちは向い合う人に合わせた支援をしなければならないと思いました。病院で過ごす子どもたちのこと、様子は授業の中でしか知ることがなかったので、実際の写真を見せて頂いて、子どもたちの楽しそうな表情がとても印象的でした。

 私も娘を持つひとりの母親として胸が締め付けられる思いでした。子どものためになら命を投げ出すことができると思っている親は少なくないと思います。その、自分の命よりも大切な対象がこの世からいなくなってしまう・・・考えるだけでも、耐え難いです。その想像を絶する辛い経験を乗り越え、入院している子どもたちやそのご家族を笑顔にするためにボランティアをされている先生の生き方に深く感銘を受けました。
 悲しんでいる人、困っている人に自然に手を差し伸べられる人間になりたいと、みんな心では思っていても、実際に行動に移すとなるとなかなか難しいと思います。それを実践されているにこにこトマトさんは本当に素晴らしいと思います。近い将来、保育・福祉現場で働く学生の皆さんにも、色々な角度から色々な支援ができる本当の意味での保育・福祉従事者になってほしいと願います。
 今後も入院している子どもたち、そのご家族に、楽しみ・喜びを与える素晴らしい活動を是非続けていってください。本日は貴重なお話をしていただき、本当にありがとうございました。(総務部 山口 美穂子)

2018年07月11日

「訓練か誘惑か」寺田 悳英先生

2018年7月11日(水)「訓練か誘惑か」
聖書:マタイによる福音書 6章34節
お話:日本キリスト教団 桂教会 牧師 寺田 悳英 先生

【学生の感想より】
・人は普通自ら苦労することは好まないと思うが、苦労したことで、できなかったことができるようになると次のつながり良いサイクルができると感じた。
・どんな試練が立ちはだかっても、負けずに立ち向かえる勇気を与えてくれたお話しだと思いました。
・信じるというのは、神だけではく、友達、家族、自分自身にも必要だと思う。努力や練習をたくさんすることで、成長し、自分に自身が持てると思う。これからも物事に全力で取り組んでいこう思う。
・苦労することは日々たくさんある。私は何かを信仰しているわけではないが、苦労することで成長できると思う。諦めずに頑張ろうと思った。

 お話の中で先生は、人生における悩みや苦しみが、人を成長させる訓練となるか、逆に心をいじけさせ、時には自暴自棄に至らせるような誘惑となるか、その分かれ目となるのは、いかなる試練の中にあっても神が支えてくださっているという信仰であり、それが今を全力で生きることにつなげてくれ、人を前に進ませ、成長させていくきっかけとなるとお話下さいました。
 私自身も10年前を振り返った時に、先生がお話しされた内容にうなずけることが多いです。当時なら慌てふためいたことでも冷静に対応できるようになっているものがあり、それは、自らが成長している部分だと思っています。ここに至るまでに、信念を持って取り組んだこともありますが、そこに何等かの支えの存在はあったと思います。それが人によるものならば、無意識のレベルの支えかも知れませんし、試練を乗り越えるタイミングやきっかけについては、神の働きかけなのかも知れません。先生がお話しされた「若い時の苦労は買ってでもせよ」という言葉は、先人達の経験から来た言葉なのでしょう。
 これからも試練は課されると思います。ここで大切なのは、自分の存在と関係性をじっくりと考え、感じ取ることではないでしょうか?少しでも人として大きくなれればと思います。考える機会を与えてくださり、ありがとうございました。(総務部:村松 伸哉)


2018年07月04日

「居場所をつくる」桜井 希先生

2018年7月4日(水)「居場所をつくる」
聖書:マルコよる福音書9章33〜37節
お話:同志社中学校・高等学校 聖書科教諭 桜井 希 先生


【学生の感想より】
 ・自分が保育者として受け入れられるためには、まず相手を受け入れ、居場所をつくることが大切だと考えました。
 ・すごく深い話でした。私は、相手の事より自分が先に考えてしまうので、してもらうことよりも与える人になりたいと思ったし、見返りを求めないという事も忘れず生きていきたいです。
 ・本日のお話を聞いて、相手のことを自分の都合の良い部分だけで見るのではなく、相手のありのままを受け入れることが、大事であり保育者に必要なものであるということがわかりました。居場所をつくるのは本当に必要なことだし、居場所があるということは本当に嬉しいものだと知っているからこそ、先生のお話には心に深く響くものがありました。

 以上、学生の感想の一部ですが、先生のお話より、単に日課をこなすのではなく、一人ひとりと向き合い、個性を尊重して丁寧に子どもたちと関わることの大切さ、子どもたちの心の拠り所にもなる保育士をめざすものとしての気づきにも繋がったのではないかと感じられました。個人的には、昔、「誰かの役に立ちたい。やり甲斐のある仕事に就きたい」と、障がい者福祉の職に就き、長く勤めましたが、仕事をしている中で利用者の生活を支援しているという傲りのある自分の居場所をつくって下さっていたのは他でもなく、生活する中で私を受け止めて下さっている利用者の方々だと痛感したことを思い出しました。
 今、福祉の現場は多忙です。でも、学生たちには将来、「忙しい時ほど優しく」を大切にできる保育士となってほしいと思います。
 試行錯誤の日々、真正面から子どもと向き合った桜井先生のお話から、忘れかけた大切なものを思い出させていただけた気持ちになりました。心より感謝申し上げます。(専任教員 石塚正志)

2018年06月27日

「見えないものを待ち望む」岡山 孝太郎先生

2018年6月27日(水)「見えないものを待ち望む」
聖書:ローマの信徒への手紙 8章18〜25節
お話:本法人前理事長、本学院前学院長 岡山孝太郎先生

【学生の感想より】
 ・力強く「役割を見いだせない人は居場所がなくなる」「保育士は子どもたちからの信頼をえる仕事」と言ってくださって、ずっと心の中に残そうと思いました。今日この話をきけてよかったです。
 ・なくてはならないもの=居場所、役割、これがないと孤独になってしまう。居場所や役割がないと人は必要とされていないと考えてしまうんだと思った。そこには繋がり、信頼が大切、子どもの信頼が先生の救いとなることを聞き、子どもに信頼される先生になりたいと思った。
 ・子どもが先生を「あの先生なら大丈夫」と信頼することで子どもは成長できるというお話を聞き、保育士の役割…人を信じることの大切さ、希望を持つことの大切さ、信頼してもらえる人柄になることが役割であり居場所になることだと学んだ。
 ・お話を聞いて、希望をもって相手を信頼すること、それが保育士の役割だということを学びました。自分が保育士として現場で働いたとき、子どもたちに安心してもらえる居場所を作りたいと思う。

 人を信じること、信頼すること。これは口では簡単に云えても、自身の生き方の中で日々実践することはなんと困難なことでしょうか。人には自分を大事にする習性があります。絶えず自分の眼鏡で他者を見、判断します。人の言葉を歪んで受け取ってしまうこともよくあることでしょう。皆が違いを認め合い、互いを尊重する生き方をすることで、自分の居場所、役割が確認できるようになることを願います。(総務部 今井 泰二)

2018年06月20日

「やってみよう」尾堂 隆哉先生

2018年6月20日(水)「やってみよう」
聖書:ヤコブの手紙1章19〜25節
お話:日本キリスト教団 京都さふらん教会 牧師/社会福祉法人聖泉福祉会 さふらん保育園 園長 尾堂隆哉先生

【学生の感想より】
 ・「Let’s Go For It(やってみよう)」という言葉を軸に感じたことは、何事も挑戦せず逃げていては人間は変われない、何事にもやってみることで意外とできるものもあると思った。また褒めることで子どもたちはもっと意欲があがるということを共感できた。良き理解者がいることで、安心して取り組むことができる…保育士として意識したい。 
 ・(例としてされたすし職人のお話)すし職人になるには、先輩の手さばきを見て、ある程度経ったら見よう見まねで握るという。私も実習へ行った時は、その保育者の行動・言動を観察し、良いと思う所はまねして自分の物として、自分なりにもっと良いものにしたい。
 ・子どもたちは保育者や保護者などの大人が思っている以上に人のやっていることを見てそれを真似してたくさんのことを出来るようになるんだなと思った。
 ・自分の可能性・他人の可能性の話もあったが、自分の可能性では上限を自分で決めることなく行動し続け、他人の可能性として、子どもと向き合う時を考えると、よりよくその子の良い所を引き出してバックアップに務めたいと思った。

 先生は、やりたくないことや取り組むことに対してハードルを感じる時に、どうすれば一歩踏み出すことができるのかをお話しくださいました。保育園の子どもたちがお兄さんお姉さんのマネ(模倣)をすることで成長していく様子など、園児さんの様子やご自身のエピソードなどを交えながらのお話しはとても興味深かったです。
 学生の皆さんも今日の尾堂先生のお話しを聞かせていただき、結果だけでなく、一歩踏み出し取り組む意欲を持ち続けることの大切さを改めて感じ、自分自身、そして保育・福祉の現場で子どもたちに伝えていってもらいたいと思いました。(総務部 本松寛子)

2018年06月13日

「(絵本)きみへのとくべつなおくりもの」

2018年6月13日(水)「(絵本)きみへのとくべつなおくりもの」
聖書:ペトロの手紙―4章10節(新約P433)
お話(読み聞かせ):専任講師 野崎 之暢先生

*絵本「きみへのとくべつなおくりもの」
  作:マックスルケード 絵:デイビット・ウィンゼル 訳:松波史子/いのちのことば社 フォレスト ブックス 2006年

 本日は通常のチャペルとは違った形で、絵本の読み聞かせが行われました。「きみへのとくべつなおくりもの」という絵本は、木ぼりの小人ウィミックたちと、その造り主であるエリとの関係を軸に語られているお話です。

【学生の感想より〜絵本のお話を通して、あなたが子どもたちへ伝えたいことはどんなことでしょうか〜】
.Εックたち(一人ひとり)に贈られたものは、今の社会に例えるとその人の個性なのかなと考えた。それぞれが得意なことをして助け合っていた。人のできないことをせめるのではなく、自分のできることをして助け合って生きていければ良いと感じた。自分の目線だけで判断してはいけないと考えた。他の目線からみると必要なものである場合もある。
一人ひとりそれぞれが違い、違った良さがあり同じ人はいない。他の人の良い所を認め合って一人ひとりが自分の力を発揮できることが大切だと伝えたい。
子ども一人ひとりに得意なことがある為、その得意なことをもっと伸ばして皆で協力して物事に取り組むことの大切さについて子どもに伝えたい。

 絵本の内容としては、各々に自分たちの好きなおくりものが誰からか送られてきて、困った家族をそのおくりものを使って助けることに気づき、一人ひとりが与えられた賜物を活かして助けるというストーリーとなっていました。途中で送り主から「何かをしようとしてくれてはいるがやり方が間違っているのだよ。」と助言をもらい大きな気づきとなるシーンがありました。私はそのシーンが印象的で一生懸命保育に関しての学びを深めようとする学生に教員としてやり方を助言できる立場にならなければならないと自分を鼓舞することに繋がりました。
 長所・ストレングスを活かしてチームで子ども達や保護者と関わるという視点においてはこのお話と保育現場は相通ずる所があり、学生も私も大きな発見ができた時間となりました。ありがとうございました。 (専任教員:河北 彬充)


2018年05月30日

「子どもたちと共に過ごすこととは」赤井 静代先生

2018年5月30日(水)「子どもたちと共に過ごすこととは」
聖書:マタイによる福音書7章12節a
お話:本学院保育科 卒業生/葉室幼稚園 教諭 赤井 静代 先生

 赤井先生は、子どもはもちろん、保護者の前でも、緊張緩和のために手あそびを活用されるそうです。
 本日は「りんごコロコロ(グーチョキパーでなにつくろう?の替え歌)からスタートされました。
♪ りんごコロコロ りんごコロコロ
  みかんカンカン みかんカンカン
  ピーマンぴっぴ ピーマンぴっぴ
  かぼちゃボチャボチャ かぼちゃボチャボチャ ♪

 そして、現在担当されている3歳児の子どもたちについてユーモアを交えてお話し下さいました。
 1回生の感想には「わかったように日本語を話しているようでも、『家に帰りたい』は時によって『ごはん食べたくない』」だったりするように、子どもは想っていることを明確に言語化して口に出しにくい状況にあることに気づかされた記載があったり、2回生の感想には「自分の気持ちをそのまま相手に伝えることはおとなでも難しい。子どもも同じで、その表現の仕方は様々。自分の想いを伝えるために手を出したりする子もいるだろう。その子どもの気持ちを分かってあげるには、じっくり話しを聞いたり、何度も繰り返し伝えることが大切。目と目を合せて向き合うことで、安心感にもつながる。」と、自身の保育実践へ活かす想いを綴るものもありました。

 先生は一貫して「子どもが自身の想いを相手に伝えたり、相手の話しを聞くことが出来るよう、おとな側がじっくり向き合う姿勢を保つことが大切」であることを語られていました。
 「保育は人なり」ですものね。
 学生のなかには「自分の気持ちを素直に表すことは難しい…ということは、私たちにも言えることだと思った。」と自信のなさを吐露するものもありましたが、先生の想い溢れる悪戦苦闘の日々を伺うことで、在校生たちの多くは「対象と向き合う姿勢」について、自身のなかでゆとりも持ちながら対応することが必須…前に進もうとする想いを持つことこそが全ての原動力となることに気づかされた時間となりました。(専任教員 野之暢)