京都ほせん チャペルアワー

2017年07月12日

「『自分自身を愛する』ということ」木原 活信 先生

2017年7月12日(水)「『自分自身を愛する』ということ」
聖書:ガラテヤの信徒への手紙 5章14節
お話:同志社大学社会学部教授 社会福祉学博士 木原 活信 先生

 自分の存在価値が見いだせず、自分を好きになれない、許せない自分を罰するためにリストカットをし、そこから生きているという快感を得る若者(特に女性に多い)…木原先生がはじめに話された日本の現状に、若者である学生たちの感想には驚きもある一方で、その想いに対して「分かる」「自分にも難しい」と、今まさにその課題に向き合っていることが伺える内容や、「昔の自分ならそう答えていたと思う」とその頃からの意識や心の変化について振り返っている内容がありました。

 先生は、聖書に示されているのは「自分を愛しなさい」という命令ではなく、「隣人を自分のように愛しなさい(あなたが自分を大切に想うように隣人を大切にしなさい)」であると話され、「自分自身を愛しなさいとは言いません。けれども「愛せない」という叫びは本物と偽物の愛を見抜くセンスがあるからこそ。どんな自分も愛して下さる神様がおられること、目には見えなくても一人ひとりに完全な愛をもって働きかけて下さっていることに目を向けてもらいたい」と語りかけて下さいました。
 
【学生の感想より】
 ・今日の先生のお話には驚くことがたくさんありました。中高生に自分が価値があるとは思っていない人がたくさんいること、リストカットはそんな日本の現象だということです。そういった想いや辛いことがあっても愛されていることを知ることで強くなり、人のために生きたいと思われた人の話を聞けて、私も含めそういう考え方になる人がたくさん増えていくと良いなと思いました。
 ・自分が価値のない人間だと思うか…昔の私は思わないと答えていただろう。リストカットしている子の気持ちは分かるところがある。私はポジティブになりたいという自分の気持ちから努力し、大分前向きになれたと思う。自分を愛することが前よりはできていると思う。周りからの愛をいっぱい感じている。しかし、先生の言葉から自分を愛せない時があるときは「神様からは愛されている」と思うことを心に留めておきたい。
 
 「神様はどんな人も決して見捨てない、自分を無価値だと思う者にも真の愛で愛して下さっている。その確信を持てた時、人は変えられる」と先生ご自身の体験も踏まえて語って下さったメッセージに大きな励ましをいただきました。
 一人ひとりに注がれる神様の愛を感じることは、保育奉仕者として「いのち」に寄り添っていこうとする学生の大きな希望に繋がっていくように思いました。(専任教員 池田奈緒実)

2017年07月05日

「各々に与えられた役割を果たす」櫛田 恵里子先生

2017年7月5日(水)「各々に与えられた役割を果たす」
聖書:ルカによる福音書10章38〜42節
お話:社会福祉法人峰山福祉会 峰山乳児院 施設長 櫛田 恵里子先生

 本日は、「各々に与えられた役割を果たす」と題して、峰山乳児院施設長の櫛田先生がお話をして下さいました。聴き上手なマリアと気が利きよく動くマルタの2人の姉妹。イエス様は、それぞれの持ち味を生かすということを大切にされていることが聖書から伝わります。ここで本日の学生の感想をみていきます。

 ・それぞれに持ち味があり、比較する必要などないというメッセージが込められていたように感じます。私たちがめざす仕事は、子どもたちを比べるということは絶対してはいけないことだと思います。子どもたち一人ひとりの想いに心を寄せて話を聴くこと、言葉にはできない泣き声から欲求を汲み取ること、目には見えない愛を届けることを大切にしたいです。
 ・完璧な人などいないと知りました。就職をすると、大切なことや楽しいことがあるが、得るものはとても大きいと感じました。そして、乳児院は、とても小さい命をあずかっているので、1つ1つ気を付けることがあると思いました。子どもの泣き声で、何を求めているのか察知できる保育士になれるとよいなと感じました。今回のお話では、自分に与えられた仕事をしっかりとこなすことが大切だと学びました。
 ・第5代学院長であった中江学院長と直接、私たちが関わることは残念ながらありませんでした。中江先生と関わった櫛田先生からのお話を聴き、間接的ではありましたが、とても素晴らしい方ということを知りました。その方がおられるだけで安心でき、存在感があり、櫛田先生も一緒の空間にいるだけで嬉しかったとおっしゃっていました。

 先月の6月21日に神様の御許に召された第5代学院長中江素子先生は、その空間にいるだけで安心できる存在感のある先生でした。7月17日には、学院にてお別れの会があり、沢山の卒業生や教職員の方々、福祉関係の方々が出席されました(多くの方々に愛された中江先生のお人柄が伺えます)。
 永きにわたり親交があった櫛田先生からは、中江先生は聴き上手で人を受容することができる『マリア』のような存在だったというお話がありました。
 実際に中江先生のご講義を受ける機会は、本日参加した学生たちにはありませんでしたが、そこに静かに傾聴する学生たちの姿があり、中江先生のお人柄は櫛田先生を通して感じることができました。中江先生が心ある保育士養成に全力を向けて築かれた学院が、今なおその歴史を紡いで、在学生たちは日ごとに成長しております。
 櫛田先生、本日はありがとうございました。(専任教員 石塚正志)

2017年06月28日

「笑顔を引き出す力」神田 美子先生 高谷 恵美先生

2017年6月28日(水)「笑顔を引き出す力」
聖書:コヘレトの言葉 3章9〜11節
お話:にこにこトマト顧問/神田美子先生 代表/高谷恵美先生

 本日は、京都大学付属病院小児科の子どもたちと、付き添いの保護者の方を対象に、「楽しく豊かな時間」をプレゼントされているボランティアグループ “にこにこトマト” の顧問の神田美子先生と、代表の高谷恵美先生に「笑顔を引き出す力」と題してお話をしていただきました。
 にこにこトマトさんは神田先生が娘さんのご病気、長い入院生活に寄り添われる中でその想いが与えられ、1995年より活動をされています。平日のほぼ毎日、70余名のメンバーの方が20余りのグループに分かれ、1ヶ月に1回、交代でボランティアをされています。その活動は読み語り、実験、造形、絵画などバラエティに富んで幅広く、時にはコンサートなどもされるそうです。活動は、入院されている子ども達やその親御さんにとって、また、病院にとっても大きな支えとなっておられることと思います。

 以下は学生の感想です。
 ・単に「優しい」と言っても、いろいろな捉え方がある。言葉がけが優しい人、相手を想って時には強いことを言う優しい人等、保育者として将来、単に「優しい人」ではなく保育者として、子ども達にどのような人であることが最も良いのか、改めて考えることが、神田先生のお話しを聞いてできました。にこにこトマトでは素晴らしい活動をされていることを知りました。誰もがイベントや楽しい活動があると嬉しいです。子どもたちならなお喜んでくれると思います。また、院内で活動されているので容易に入りやすく、とても素晴らしい活動だと高谷先生のお話しを聞いて思いました。人と人のつながりの大切さを感じました。
 ・高谷先生の、「病気にならなければ気づけなかった幸せに気づけた」ということばを聞いて、今私が普通に楽しく過ごせているこの環境も当たり前ではないと感じました。娘さんの病気、亡くなられたことはとても辛いことだと思うけれど、にこにこトマトとの出会いにつながっているのだなと思いました。何もないところからここまでいろいろな人が参加するものになるのはとてもすごいと思いました。このように、病気で苦しんでいる子どもの力になれることって、とてもステキだと思います。私も何かできることはあるかもしれないと感じることができました。
 ・神田先生がおっしゃった、「美しいと思えないなら美しくすればよい」という言葉が印象的でした。辛いことだけにとらわれないことは、とても大切だと思いつつも、目の前の事に精いっぱいになってしまいがちだと思います。広い考え方、自分自身のとらえ方はとても大切だと思いました。(娘さんが闘病生活を送られる中で、)「幸せのハードルが下がった」という高谷先生の言葉が心に残りました。ちょっとしたことだけでも、本当はとても幸せなことなんだなと考えさせられました。自身の経験を次は入院している多くの子どもたちにしてあげたいというふうに思えることはとてもすてきだと思った。また、そうやって人は繋がっていくのだと感じました。

 本日の聖書は、コヘレトの言葉 3章9〜11節。「…わたしは、神が人の子らにお与えになった務めを見極めた。神はすべてを時宜にかなうように造り(=新改訳聖書では「神のなさることは、すべて時にかなって美しい」)、また、永遠を思う心を人に与えられる…」とあります。神様の計画の中でにこにこトマトさんの活動が誕生し、20年以上の長い間、多くの人の支えになっておられるのだと感じます。「笑顔を引き出す力」の原動力は、神様が与えて下さった“人と人のつながり”ということを学ばせていただきました。
 神田先生、高谷先生、本日はありがとうございました。(専任教員 山恭代)


2017年06月14日

「共に生きる」秋山 あゆみ先生

2017年06月14日(水) 「共に生きる」
聖書:ローマの信徒への手紙12章9〜15節
お話:本学院保育科 第45期卒業生/ペスタロッチ保育園 保育士 秋山 あゆみ先生

17年ぶりに会った秋山さんは…すっかりベテランの風格。
在学時はどこかはにかむような話し方でしたが、現在はキリスト教保育を通して子どもと共に驚きと発見を大切に日々を積み重ね、しっかりと前を向いてお話しされる姿が印象的でした。


1回生さんのレポートには「あだ名で互いを呼び、先生と子どもではなく、一人の人間として関わっている」保育に驚くものが多くありました。そして「生活=あそび」。トイレに行くことさえ楽しむ工夫が出来る視点に学びことが多かった様子です。
2回生さんのレポート。「保育士の楽しさを感じるお話だった。障がいのある子どもに対して個性の豊かさを大切にする事や、1つひとつの動作にもあそびを取り入れる事など工夫をたくさん聞けてよかった。保育は人なり。改めて感じた。指導とか、日常の過ごし方、子どもにどんな力を身につけて欲しいかだけでなく、子どものどんな顔が見たいかや、子ども同士のどんな関わりが見たいかも想像する事も必要だと知った。」


子どもとの活き活きとしたやりとりを弾ける笑い声と共に届けてくれてありがとうございました。あなたの活躍は在校生にとっても大きな目標のひとつになった様子です。
(専任教員 野之暢)

2017年06月07日

「大切なのは『目に見ること』だけ?」

2017年6月7日(水)「大切なのは『目に見ること』だけ?」
聖書:マルコによる福音書 4章26~29節
お話:日本基督教団 紫野教会 牧師 ・紫野幼稚園 園長 渡邊大修先生

[学生の感想より]
・渡邊先生がおっしゃっていた様に、目に見える成長や関わりは保育をする上で当たり前のことであるが、目に見えない事柄は容易なことではない。キリスト教保育にはそれがあり子どもたちの心を読み保育するのは難しいことだが幼児期には大切な行いだと思う。
・目に見える事柄を伸ばせるように努め、喜びを共有し共に成長して行けるように努めることは大切ですが出来るように、伸ばせるようにということだけに一生懸命になるのではなく、目には見えない事柄心の育ちを養うことも大切なことだと学びました。
・目に見えないものを育てると、その子どもは心が豊かになる魅力的な子となると言う先生の言葉がとても印象的でした。目に見える成果を求めたり評価しがちだが、心を育てなければいけないとわかりました。これからしっかり勉強して行きたいです。
・今日の話をお聞きして目に見えない部分がきれいな人はすべてがきれいだと思った。乳幼児期の一番基礎を作る時期の関わりは、その人の一生に関わることくらい大きなことだと感じた。

 
 本日は渡邊先生から「大切なのは『目に見ること』だけ?」というテーマでお話しをしていただきました。物事は目で見える範囲で判断しがちになるが、特に乳幼児の発達では見えない部分の成長を見る力が求められるということでした。先生の職場である幼稚園に即したお話ではありましたが、何事も自分の目に見えている部分だけで全てが見えてしまっているように思ってはいけないという対人援助の基本を改めて考えることが出来ました。
(専任講師:花岡貴史)

2017年05月31日

「雑」岡本 匡弘先生

2017年5月31日(水) 「雑」
聖書:ルカによる福音書6章43〜45節
お話:本学院学院長 岡本 匡弘 先生

 発想の転換により、自分が問題と思っていたことが違う視点で考えられることもあります。今日は『雑』というテーマから話が広がりました。

ここで本日の学生の感想をみていきます。
・同じ事象の場面に出会ったとしても、解釈の仕方、受け取り方を変えるだけで、その人に対する印象が大きく変わる。自分も生きやすく、また相手から良い印象を受け取るために、新たな価値観、考え方を得たいと思った。
・自分の価値観で相手を見てしまうのはとてもあると思います。価値観、考え方を変えるだけで、人の行動や言葉をプラスにかえることはいくらでもできると改めて学べ、気付くことができました。
・学院長のお話を聞いて、私は受け止め方をマイナス面でしか捉えていなかったのかもしれないと実習中に傷ついた言動を振り返りました。捉え方によって自分の引き出しの中に入るものが変わると思いました。
・自分の基準ではなく、様々な角度で見ることで、新しい答えが出るのだと感じた。実習での学びをいかしていけるようにしたいと思う。

 
 『雑』この文字を見ると、「丁寧さに欠ける」(大雑把、繁雑、混雑)等、いいイメージがないが、プラスにとらえると、「おおらか」、「寛大」ともいえます。生活施設実習が終わったばかりですが、自身の振り返りにも役立つ内容であったことが感想からうかがえます。自身の気づきを力に変えて、引き続き保育士となる自分に磨きをかけていきましょう。
(専任教員 石塚正志)

2017年05月24日

「いのちが大切にされる社会をつくりだす」平田 義先生

2017年5月24日(水) 「いのちが大切にされる社会をつくりだす」
聖書:ヨハネによる福音書5章1〜13節
お話:社会福祉法人イエス団空の鳥幼児園園長・愛隣館研修センター所長 平田義先生

[学生の感想より]
・お話を聞いて、障がいを持っている子どもが、皆がしているような当たり前の経験を同じように経験することの大切さが分かりました。
・障がいのある子を、普通の子どもと一緒に生活させることはすごくいい経験だと思った。その子だけじゃなく、その周りの子も経験できることがあるし、お互いにとっていい事だと思った。
・その子のお母さんが生き生きとしていると感じてもらえる環境づくり、その子が自分は存在価値があると感じてもらえることの大事さを学びました。障害のある人が受けてきたこと、最近あった事件で差別されていたことも知ったので、私から、私のまわりから、少しでも差別する目がなくなるようにつとめたいと思いました。
・健常者である、障がい者である、のは関係なく、一人ひとりの命の重さは同じだから、生きる価値も同じだと思いました。
・障がいのある子達と関わることがない一般社会の人は、出生前診断で障がいのある可能性があると言われたら命をあきらめる選択をしてしまう社会というのが現実なんだと思った。それを変えていけるのは、福祉にたずさわっている自分なんだなと改めて感じた。
・私も精一杯支援して、子どもを笑顔にしたいです。たとえ障がいがあっても、その存在が周りを明るくしてくれる。大事な命です。

 
私は長く医療の現場で命を大切にしながら、その人との出逢いに感謝し、その人を理解し、その人の家族とともに、その人らしく入院や通院「生活」を送れるよう支援努力してきました。
 命が大切にされる社会をつくりだすには、その社会の中にいる私たち一人ひとりが、どんな職種であれ立場であれ、自分自身の心を動かすことが大切なのです。「共に生きること」を感じられる、そんなステキな現場で活躍できる保育者をめざして共にがんばりましょう。
(専任教員 森阪万季)

2017年05月17日

「愛ってなんだろう」木原 桂二先生

2017年5月17日(水) 「愛ってなんだろう」 
聖書:ルカによる福音書15章11〜24節
お話:日本バプテスト連盟 北山バプテスト教会 牧師 木原 桂二先生

 本日の聖書箇所はイエス様が「放蕩息子のたとえ」を用いて神様が私たち人間一人ひとりを愛して下さっている事、それはどのような愛なのかを語られる場面です。

[学生の感想より]
・愛はその人を受け入れることなのかなと思いました。
・一緒にいるだけで嬉しい、共にいる人がいる喜び、「存在価値」を大切にしたい。自分もその考え方をもって人と人との出会いや関係を大切にしていきたいと思った。
・自分が困ったら助けをもとめてくるような息子、普通なら怒るようなことを何も文句を言わずにあんなに簡単に迎え入れられる父はすごいと思うし、それが愛といわれると、愛って素晴らしくて、すごいものだと感じた。
・福音書にそってお話をしていただき、父(神)が裏切るような行為をした息子を赦すだけでなく受け入れ、待っていたという所にとても感銘を受けました。また存在価値についても、これから福祉という道で色々な方々と出会いがあると思うので、どんな方にも必ず存在価値があるということを心に留めて接していきたいと思いました。
・聖書の父と息子(弟)の話から存在価値を見出すことで偏見をなくし、色々な人に愛のある行動ができると知った。

 
 愛ってなんだろう、保育・福祉にどのように繋がっていくのか…一人ひとりに深く考える時が与えられたことに感謝します。学生生活が「愛」を実現できる具体的な知識、技術を丁寧に学んでいく日々となりますように祈りたいと思います。
(専任教員 池田奈緒実)

2017年05月10日

「共にあゆむ」中江 潤先生

2017年5月10日(水)「共にあゆむ」
聖書:ヨハネの手紙一4章19節
お話:本法人(京都基督教福祉会)理事長/桂ぶどうの木保育園園長 中江 潤 先生

[学生の感想より]
・表面的な関わりだけでなく子ども、保護者の心の内に入り共に考え、共に知り、共に寄り添い、共にあゆむ…、このような関係性を築いていけるような保育者になりたいと思った。相手の気持ちや心の内を知ることは簡単ではない。知るためにはどのような関わりを行えば良いのか、考えさせられました。
・産まれる前から今までどんなあゆみがあったか、10人いれば10人それぞれ違うから、その子ども、家庭にあった支援をしていかないといけないと思いました。共にあゆむ、共に生きる、共に〜するために自分が今、何ができるかということを考えないといけないと思いました。
・不安や限界など抱えながらも子どもと向き合い子育てされてきた保護者の方、子ども達と私たちは出会い、一緒に成長していく職業に就くのだと気が引きしまる思いになりました。
・私が今度実習させていただく施設では「共に」ということを大事にされているので、「共に」とはどういうこと?どうしたら「共に」になるのか?とずっと考えていますが、考えれば考えるほど難しくなります。中江先生は「共に」=平和、平和のためにどんな努力をしているか?と話されていてまた難しいと感じました。でも、平和の第一歩はあたたかい心、広い心を持つことなのかなと思いました。
・多文化を受け入れるということは「共にあゆむ」という視点でも大切だと思いました。狭い視点で考えるのではなくて、広い視点で考えることも大切な事であると思いました。

 
 「共にあゆむ」というとき、それは誰と、何を大切にして…?向き合う方々の持つ様々な歩みと想いに心を寄せる努力をどんな風にしていくのか…、一人ひとりが改めて自分自身に問いかける時が与えられました。そして、神様に愛されている私たち一人ひとりが、この地上で共に生きるお互いを大切に想い合い、寄り添い合うことが「共に=平和」なあゆみへと繋がっていくことを思うときとなりました。
(専任教員 池田奈緒実)


2017年04月19日

DVD「三本の木」

2017年4月19日(水)チャペル・アワー
DVD「三本の木」ライフエンターテイメント(いのちのことば社/ライフ企画)2007年
聖書:コヘレトの言葉3章10〜11節/エレミヤ書29章11節

 2回生にとっては今年度第1回目のチャペル・アワー…、本日は「三本の木」という伝説の物語がアニメ化されたDVD教材から学びました。「オリーブ」「カシ」「マツ」の三本の木の夢と、神様のご計画をテーマにした物語です。


【学生の感想より】
 ・物事の流れには何かしらの順序や意味があり、いつか夢が現実になることを信じていれば、その夢に近いあるいは自分の思い描く夢以上のものも神様は与えてくださることがあると感じました。今2回生となり、進路を迷ったりするときです。この時に、妥協せずに自分の夢に向かって努力を惜しまず諦めずに取り組んでいきたいと思います。
 ・夢が叶わなくても叶っても夢を持つということが大切だと感じた。たとえ、自分が思っている夢でなくても必ず輝ける時はくることを学んだ。
 ・すべての事に意味があって、その一つひとつの事が繋がっているということを感じることができた。


 人は夢が叶えば喜び、夢破れると悔やみ悲しむ。夢叶っても夢破れても人は新たな夢や希望を持ち前に進む。生きるうえで大切なことは、今自分が置かれている状況や環境から夢や希望を見出し、それに向かって前進すること。その過程で喜びや悲しみ、様々な感情と向き合い成長していく。一言で表すと「夢を持ち続ける」ということが大切だと感じた。
私にも夢がある。その夢が叶う保証はどこにもない。それでも夢に向かって前進し、夢叶えば喜び、叶わなければ悲しみに浸るのだろう。そして、また新たな夢を見つけ前進する。この「夢を見つけ前進する」という繰り返しが、私という人間を形成している。この先もこの繰り返しのなかで、私にしかない人生というストーリーを一歩一歩大切に歩んでいきたい。(総務部 杉本 真)